予期せぬ妊娠、困窮……女性が人生を自分で決められるように。母子を支える「慈愛寮」という存在

人生におけるさまざまな困難のなかでも、予期せぬ妊娠や中絶は、女性特有の問題です。思いもかけぬ妊娠で働くことが難しくなり経済的に困窮したり、誰にも相談できずに悩んだりするケースは、珍しくありません。女性がひとりぼっちで中絶や出産をしないよう、支えてくれる人や場所はさまざまあります。その一つ、「慈愛寮」の熊谷真弓施設長は「女性たちが自分で将来を決められるようにサポートしたい」と話します。

「コロナ禍以降『働く女性』の予期せぬ妊娠による困窮が増加」

近影
慈愛寮の熊谷真弓施設長

さまざまな困難を抱える女性が中長期に入所して生活支援を受けることができる施設に「婦人保護施設」(2024年度より女性自立支援施設)があります。
私たち慈愛寮は全国の婦人保護施設の中で、産前産後の女性を支えることに特化した施設です。予期せぬ妊娠やパートナーからの暴力、出産時頼れる人がいないなどの事情でひとりで出産せざるを得ない女性たちを迎え入れ、産前産後をサポートしています。1967年に妊産婦専門の施設となって以来、多くの女性たちを支えてきました。

エコー写真を手に取る女性
※写真はイメージです

最近、入所にいたる女性たちの背景に「女性の貧困」の実態が浮き彫りになってきたという強い実感があります。コロナ禍前は家庭の事情などで学校を卒業できず、生きていくために性産業で働かざるを得なかった女性や、虐待や暴力からやっとの思いで逃れてきた女性たちが大半でした。もちろん生活困窮が原因の一つではありましたが、コロナ以後、会社に勤めるなどして働いている女性の入所も増えました。

要因には、コロナ禍以降非正規で働く女性たちの経済的困窮が強まったことがあると思います。コロナ禍、真っ先に切られるのは非正規雇用の女性たちです。職を失わないため、彼女たちは一生懸命働いている。仕事に追われ産婦人科に行く時間がないし、経済的にギリギリでお金もない。生理が遅れているけれど、日々の生活で精いっぱいで妊娠かもしれないと思いを致す余裕がない……。

気づいたときには出産直前になっていて、勤務先で破水してしまい病院に運び込まれ、いわゆる「飛び込み出産」になってしまう――私たちは、そういう過酷な経験をされて入所した女性たちに、無事に出産できて母子ともに慈愛寮に来れてよかった、と命の重みを感じるのです。

手を差し伸べてくれる人たちはたくさんいる

コロナ禍で可視化された「女性の貧困」。女性差別に関心がなかった人も差別の実態に目を向けてほしいですし、本当に人権が尊重される社会を一緒につくっていきたいと思います。私たち現場では、孤独な妊娠・出産に関して共通していることとして、女性の貧困や、妊娠・出産に関する正しい知識を持てずにきたこと(日本では、包括的性教育の実施が遅れているからですが)、男性が無責任に逃げてしまうことなど、さまざまな要素がからみあっている現実をみてきました。

お伝えしたいのは、ひとりで抱え込まないで大丈夫ということ、サポートしてくれる人や施設、制度などを何とかキャッチできるように、お手伝いしたいということです。

ネットで「妊娠SOS」「妊娠 困った」などの言葉を検索すると、自分の住む自治体の相談窓口や、民間団体の相談窓口が出てきます。LINEなどSNSで相談することもできます。妊娠検査薬を提供などしてくれる民間の支援団体もあります。自分が「相談しやすそう」と思うところに連絡してみてください。
きっと、困難な状況にいて、安心できる相談先もわからないとき、「妊娠したかもしれない」「どうしよう」と思って悩む人が多いと思います。または、妊娠していることがわかっても、産んで育てられるだろうか、ひとりでどうしよう、と抱え込んでいる人もいると思います。
相談機関につながることができれば、支援者たちが受診の手助けをし、まずは妊娠の葛藤(悩み)についてあなたの気持ちを聴いて、一緒にこれからどうしたらいいかを考え、支えてくれます。
誰にだって、ひとりで出産することは困難なことです。

育てても、託しても。子どもを思う気持ちは同じ

全国に数少ない産前産後期の支援を行う施設として、先駆的に取り組んできた私たちが一番のミッションだと考えていることは、思いがけず妊娠・出産をすることになった女性の「これからのわたし」への支援です。子どもの養育への支援はもちろんですが、まずは女性の人生を支えたいと考えています。

慈愛寮では年間約60組の親子が次のステップに向かって退所していきます。できれば、支援体制のある母子生活支援施設の利用をお勧めしています。アパートなどに引っ越した場合も、地域の子育て支援の窓口などと連携して、地域生活での支援体制の紹介をします。慈愛寮でも、訪問や電話相談などを実施し退所者支援を行っています。

女性のなかには、たくさんの悩みを抱えながらも、出産後に赤ちゃんを乳児院など、社会的養護の制度に託すことを選ぶ人もいます。「赤ちゃんと生活しない自分は駄目な母親だ」と自分を責めるなど、その苦悩は大きいです。私たちは「あなたはダメではない」と、傍らにいて、納得して社会的養護の利用を選べるお手伝いをします。自分の健康や生活を考え、今の赤ちゃんと自分が安心できる生活のために、託す選択をしていくことを見守ります。

親子の交流などをしながらまずは自分の生活を立て直して迎えに行くこともできますし、赤ちゃんのために里親制度や特別養子縁組制度を活用してもいい。その選択は、責められることではまったくありません。
自分の将来と子どもの幸せを考えて、自分の人生を自分で決めていけることを大切にしたいと思います。

また、男性が逃げてしまい連絡が取れなくなる場合や、性暴力による妊娠などで加害者からの追跡を避けている場合と違い、子の父である男性が女性のそばにときどき現れながらも、養育の責任を取らず、生活再建の助けをしないという実態もあります。そういう場合は男性側も何らかの問題を抱えていて支援が必要なことが多いです。「必ず家族で一緒にいなければならない」「血のつながりが大事」とは思いませんが、家族全体をサポートするという視点も必要と思います。

勇気を出して相談してみて

女性たちには、やはり「勇気を出して相談してみて」とお伝えしたい。でも、私たちがたくさんの困難な状況に置かれた女性たちの傍らにいて教えられたことは、「助けて」と言えるまでとても時間が必要だということです。現在いくつかの民間団体の相談窓口や自治体の相談窓口があります。

慈愛寮はいずれ、独自事業で誰でも相談できる居場所を開きたいと考えています。「困っている」とわからないほどの、ほんの小さな「どうしたらいいかな」ということを、私たちがお聴きし、支える居場所をめざします。

いまここに、たどり着いてくれたあなたの勇気に寄り添い、支援する味方が必ずいます。
あなたの力に、きっとなれるはずです。